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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1365号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一八一万五二四〇円およびこれに対する昭和五一年一二月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外原田章二(以下被害者という)は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和四九年一一月一四日午後一時一〇分ごろ

(二) 発生地 神戸市長田区蓮池町一番地先交差点

(三) 加害車両

自動車の種別 自動二輪車

車両番号 神戸長か六〇八〇

所有者及び運転者 被告

(四) 事故の態様 被告は、加害車両を運転して、時速約二〇キロメートルで前記事故発生地である変形交差点に東方から進入し西進中、交差点中央付近にある陸橋の円形コンクリート製橋脚(直径約三メートル)の南側まで接近した際、右橋脚のかげから走り出てきた被害者運転の自転車に自車前部を衝突させ、同人に傷害を負わせた。

(五) 被害を受けた傷害の内容

前頭骨々折、左視神経管骨折、左視神経損傷、顔面挫創、左眼失明

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、運行の用に供していたものであるから、自賠法三条所定の責任がある。

3  損害

本件事故により生じた被害者の損害は、少くとも総計金一一三七万五七二〇円である。

(一) 傷害による損害

(ア) 治療費 金五八万七一八〇円

(イ) 文書料 金四〇〇〇円

(ウ) 看護費 金一万九五〇〇円

(エ) 雑費 金四五〇〇円

(オ) 慰謝料 金七万四九〇〇円

(二) 後遺傷害による損害

(ア) 喪失利益 金九〇〇万五六四〇円

(イ) 慰謝料 金一六八万円

4  自賠法七六条一項に基づく代位

加害車両には自賠法に基く保険契約が締結されていなかつたので、被害者は、原告(所管庁運輸省自動車局)に対し、同法七二条一項に基き損害填補金の請求をし、原告は、昭和五一年九月二〇日、前記3の損害額から自賠法七三条に基く金額及び被害者の過失を考慮した過失相殺金額を控除した金一八一万五二四〇円を損害てん補金と決定した(計算式は別紙のとおり)。原告の業務受託会社たる訴外大成火災海上保険株式会社(以下保険会社という)は、昭和五一年一〇月五日、被害者(親権者訴外原田敢)に対し前記決定金額金一八一万五二四〇円を支払つたので、原告は同年一二月八日保険会社に対し右と同額の金額をてん補した。その結果、原告は自賠法七六条一項に基づく右てん補額を限度として被害者が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

5  よつて、原告は、被告に対し、金一八一万五二四〇円及びこれに対する損害をてん補した日の翌日たる昭和五一年一二月九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(三)は認め、(四)のうち、時速約二〇キロメートルで走行していた被告運転の加害車両と被害者運転の自転車が事故発生地で衝突したことは認めるが、その余は否認する。同1の(五)は知らない。

2  同2は、被告が加害車両を所有し、運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

3  同3は知らない。

4  同4のうち自賠法に基づく保険契約が締結されていなかつたことは認め、その余は争う。

三  抗弁

1  本件事故は、進行方向を分けて、道路中央に設置された巨大なコンクリート橋脚のかげから反対車線に飛び込み、被告の運転する加害車両の進路を遮るように自転車で進行してきた被害者の一方的過失によるものであり、被告には何らの過失もない。すなわち、被害者は、交通法規を全く無視し、危険な通行方法により、巨大なコンクリート橋脚の影から加害車両の進行方向に逆行して進行してきたものであり、被告としては、かかる被害者運転の自転車のあり得ることまで予想して注意する義務がないからである。

2  被告の乗つていた加害車両の構造上の欠陥又は機能障害の有無と本件事故の発生との間には因果関係はなかつた。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は否認する。本件事故は、被害者が自転車に乗つて、本件交差点を南進し、コンクリート橋脚の西側直近の車道上から、その南側にまわりかけたところ 西進してきた被告運転の加害車両と衝突して発生したものであるが、被告は、本件交差点を被害者と同様な通行方法をとる者があることを知つていたのであるから、十分減速し、右方向にも注視していたならば、被害者を今少し手前で発見し、本件事故を回避し得たのにかかわらず、自車左側の踏切および西行一方通行道路に注意を集中したため、被害者の発見が遅れたことが本件事故の一因をなしたものである。被告の過失は免れない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の(一)ないし(三)の各事実および同1の(四)のうち、時速約二〇キロメートルで走行していた被告運転の加害車両と被害者運転の自転車とが本件事故発生地で衝突したことは当事者間に争いがなく、同1の(五)は成立に争いのない甲第四、第五号証により認められる。そして、被告が加害車両を所有し、本件事故当時、これを運行の用に供していたことも当事者間に争いがない。

二  被告の免責の抗弁について

1  成立に争いのない乙第九ないし第一六号証、第三一号証、第三二号証、第三四号証、成立に争いのない乙第三〇号証により真正に成立したものと認められる乙第二一ないし第二八号証及び検証の結果を総合すると以下の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、山陽電鉄西代駅の北西側に位置し、同電鉄の軌道敷に沿つた幅員約一八・四メートルの道路であるが、その中央付近には、同電鉄と立体交叉する西代陸橋の円形・コンクリート製橋脚(直径約三メートル)およびこれを円形に取り囲むガードレール(直径約五・五メートル)ならびに右橋脚から東方に接して設置されているゼブラゾーンおよびガードレールが存在するため、右道路は、右橋脚等により南北に分断され、その南側が西行車道、その北側が東行車道となつている。そして、西行車道の幅員はわずか約四・〇メートルにすぎず、これに対し東行車道の幅員はその約二倍を超える広さを有している。西行車道には幅員約一・五メートル、東行車道には幅員約六・〇メートルの各歩道がそれぞれ設けられている。右コンクリート製橋脚を中心としてその約三〇メートル東方には、西行および車行車道と直角に交わる横断歩道があり、右橋脚の南東側と南西側に山陽電鉄西代踏切および西代西踏切がそれぞれ存在し、右各踏切を経て幅員約一一・〇メートルおよび幅員約九・〇メートルの二つの道路が右西行車道と交わつているほか、右橋脚の西側には幅員約四・〇メートルの西行一方通行道路が、また、右橋脚の北西側には幅員約五・六メートルの南行一方通行道路がそれぞれ存在しており、現場付近は右橋脚を中心にして右各道路が変則的に交わる交差点であるうえ、南行一方通行道路上には交差点手前に信号機が設置されているが、そのほかの交差点入口にはこれが設置されておらず、右交差点は交通整理の行なわれていない交差点である。さらに、現場付近道路の制限速度は毎時四〇キロメートルであるが、西行一方通行道路および南行一方通行道路のそれはともに毎時二〇キロメートルである。

(二)  右のような道路状況のもとにあつて、車両が西行車道を西進して西行一方通行道路に進入するには、右コンクリート製橋脚の南側を経て交差点内をそのまま直進すればよく、同車両に格別の徐行義務はないが、車両が南行一方通行道路から南下して同交差点内に進入した後前記西代踏切の設置された道路へ通り抜ける場合には、同交差点内で一旦東行車道に入り、右橋脚の北側を経てその東側をまわるようにして進行すべきことが車両の運行方法として当然に予定されており、ことに右車両が自転車である場合には、右橋脚の北側を経て東行車道を進行し、前記横断歩道の手前で右折をし右横断歩道に沿つて南進徐行すべきことが予定されている(道路交通法三四条三項、一七条三項、一八条一項参照)。そして、西行車道上の車両にとつては、右横断歩道付近において南行一方通行道路の入口付近方向を見通すことはできるが、そのまま西進していけば途中から(乙第三四号証の検証見取図の〈ホ〉点付近以西)右橋脚の影に隠れて同方向を見通すことが全くできなくなる。他方、南行一方通行道路から南下した車両が同交差点内に進入した後、前記の通行方法をとらずにそのまま南進して右橋脚の西側からその南側をまわる場合には、右橋脚が大きいためこれに近づくにつれて西行車道上の車両の進行状況を十分に見通すことができず、したがつて、右のような通行方法は極めて危険性の高いものである。

(三)  もつとも、歩行者の中には、本件交差点の北側から南側へ横断するにあたり、東行車道沿いの前記歩道を東進して前記横断歩道上を南進する正規の方法をとらずに、右橋脚の西側車道上を経てその直近西側から西行車道上を横断歩行する者も間々見受けられたが、その場合でも、右のような橋脚付近の道路状況から、右橋脚の南側(西行車道)を運行してくる車両に注意するため右橋脚直近で一旦停止するのが通例であつた。したがつて、自転車を運転する者としては、右と同様に橋脚直近の西側道路上を南進する場合には、なおいつそう右のごとき一旦停止をする必要があつた。

(四)  被告は、加害車両を運転して前記西行車道を西進中、前記横断歩道の手前で同所を横断中の歩行者が通過するのを待つて一旦停止をした後、前記西行一方通行道路に向うべく再び発進し、進行方向左側の西代踏切および左前方の西代西踏切、さらには進路前方の西行一方通行道路の方向へと視線を変えつつ(視線を集中していたわけでない。)、時速約二〇キロメートルで西行車道の左側を西進し、前記コンクリート製橋脚の南側まで接近した際、突然右斜め前方から被害者の運転する自転車が右橋脚の影から走り出てきたのを発見した。被告は右発見時まで被害者の自転車の存在を全く認識しておらず、右発見した時には両車両の間隔はほとんどなく、被告はブレーキを踏んだりハンドルを左に切る等の措置をとるひまもないまま被害者の自転車と衝突した。加害車両の前輪は被害者の自転車の前輪左側に衝突した。右衝突の際被告は左側へ強く倒され、自車の左側を下にして転倒した。

(五)  他方、被害者は、学校からの帰宅途上、自転車を運転して前記南行一方通行道路から本件交差点内に進入するにあたり、前記信号機による信号に従い停止した後、本件交差点を通過して前記西代踏切の設置された道路に向うべく再び発進し、そのまま同交差点内を南進して前記橋脚の西側直近の車道上からその南側へまわりかけた瞬間に、西行車道を進行していた加害車両と衝突し転倒した。被害者は右衝突の直前まで加害車両の存在を全く認識していなかつた。同交差点内における右通行方法は自転車運転者として守るべき前記通行方法に違反するが、被害者が通学のために日常採用していたものである。被害者は、右橋脚の直近西側から南側西行車道上に進行するに際し、さほど自転車のスピードを出していなかつたが、その場で一旦停止をしなかつた。

(六)  右橋脚の真南には、西行車道の中央部左よりに二つの擦過痕があり、その西側の擦過痕から西へ約一・五メートルの地点に被害者の転倒地点とみられる血痕がある。被告の転倒地点は右擦過痕の付近であるとみられる。また、加害車両はその車高が被害者の自転車より低く、車長も短い排気量七〇CCの自動二輪車であつた。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被害者が本件交差点内における前記通行方法に違反し、あえて危険な方法で前記橋脚の西側直近から西行車道を横断しようとして、しかも、その場で一旦停止をすることもなく、漫然と西行車道に自転車を進入させた過失に基因するものであると考えられる。被告が時速約二〇キロメートルで西行車道の左側を西進し、被害者の自転車を発見したときにはすでに事故回避の可能性がなかつたものと認められるうえ(被害者を発見するまでに時速約二〇キロメートルから、さらに減速すべき状況ではない。)、右認定のとおりの事実関係のもとで西行車道を正規の方法で西進していた被告としては、あえて交通法規に違反し、右橋脚の影(西側直近)から一時停止もすることなく自車の進路前面へ逆行して進入しようとする自転車のありうることまで予見して右前方の安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務はないものと考えられる。被告には自動車運転者としての過失はなかつたものといわざるをえない。もつとも、本件交差点においては、歩行者の中には被害者と同様の危険な通行方法をとる者が時としてあり、そのことは同じ区内に居住し日常自動車を運転している被告も知つていたと推認できないわけでなく、もしも、被告が右方向も注視していたならば、前記橋脚の影から自車進路前面に逆行して進入してくる被害者を今少し手前で発見することも、あるいは可能であつたかも知れない。そして、発見が早ければ、本件事故を回避し得たかも知れない。しかし、本件交差点において、被害者と同様の危険な通行方法をとる歩行者でも、右橋脚の南側を進行してくる車両に注意するため、右橋脚直近で一たん停止するのが通例であつたのであるから、被告としては、山陽電鉄西代踏切および西代西踏切からの車両などの交通の安全をも確認しなければならない道路状況のもとにおいて、交通法規を無視して右橋脚の影から自車の進路前面に逆行して進入しようとする自転車といえども、安全を確認するため、右橋脚直近で一たん停止してくれるであろうことを期待して、自車通行方向左側の西代踏切および左前方の西代西踏切、さらには進路前方の西行一方通行道路の方向へと視線を変えつつ西進したとしても無理からぬものがあるのであり、そのために自車右方向の右橋脚の影から一たん停止することなく自車の進路前面に逆行して進入してくる被害者運転の自転車を今少し手前で発見することが遅れたとしても、被告には自動車運転者としての責められるべき過失はなかつたというべきである。けだし、自動車の運転者は、他の交通関与者が、たとえそれが歩行者、自転車の運転者であつても、交通秩序にしたがつた適切な行動に出ることを信頼するのでなければ、自動車の運転は容易でなくなるからである。そして、被告の乗つていた加害車両の構造上の欠陥または機能上の障害の有無と本件事故の発生との間には因果関係がないことは前記認定事実によつて明らかである。

3  したがつて、被告は、自賠法三条但し書により、本件事故による損害賠償責任を負わないものというべきである。

三  そうすると、被告が本件事故について自賠法三条所定の責任を負うことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井昱朗)

損害額積算基礎(被害者 原田章二)

〈省略〉

よつて、本件事故による損害てん補額は一、八一五、二四〇円と決定した。

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